2025年6月26日
「なんとなく体調が悪い」「吐き気や下痢が続く」もしかするとそれは「胃腸風邪」と呼ばれる状態かもしれません。医学的には感染性胃腸炎といい、ウイルスや細菌によって胃や腸に炎症が起こる病気です。通常の風邪と違い、胃や腸に症状が出るのが特徴で、感染力が強く、家族内で広がることもあります。
この記事では、胃腸風邪(感染性胃腸炎)の症状や原因、風邪との違い、適切な対処法まで、医師の立場からわかりやすく解説します。正しい知識で、早めの対処と予防を心がけましょう。

胃腸風邪とは?風邪との違い
「お腹の風邪をひいたみたい…」そんなふうに話すことがありますが、実は「胃腸風邪」や「おなかの風邪」という言葉は、正式な医学用語ではありません。胃腸風邪とは、主にウイルスや細菌によって胃腸に炎症が起こる感染性胃腸炎のことを、一般的にわかりやすく言い換えた“俗称”です。子どもから大人までかかることがあり、特に冬や梅雨時などに流行しやすい疾患です。
通常の風邪(上気道感染症)は、くしゃみ・鼻水・のどの痛み・咳などの呼吸器症状が中心ですが、胃腸風邪は消化器系に症状が現れるのが大きな違いです。原因ウイルスも異なり、胃腸風邪ではノロウイルスやサルモネラ菌、カンピロバクターなどの細菌が主な原因となります。
また、風邪は徐々に発症することが多いのに対し、胃腸風邪は突然吐き気や下痢が始まることも多く、発熱を伴う場合もあります。適切な対処が遅れると脱水などを引き起こすため、早めの対応が重要です。
胃腸風邪の主な症状
胃腸風邪は、消化器系を中心にさまざまな症状が現れます。以下に代表的な症状をまとめました。
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吐き気・嘔吐
突然の吐き気や実際の嘔吐が多く見られます。子どもに多く、繰り返し吐くこともあります。
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下痢
水のような便が出ることが特徴です。1日に何度もトイレに行くような状態になることがあります。
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腹痛
おへそ周辺や下腹部に痛みを感じることがあります。下痢と同時に起こることが多いです。
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発熱
高熱ではなく37~38度程度の微熱が出る場合があります。特に子どもや高齢者では注意が必要です。
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全身のだるさ・食欲不振
消化器症状に加え、体力が低下することで全身の倦怠感や食欲不振が見られます。
症状の出方には個人差があり、複数の症状が同時に現れることもあります。脱水を防ぐためにも、早めの対応と水分補給が重要です。
胃腸風邪の原因と感染経路
「胃腸風邪」という俗称で呼ばれるこの病気の正しい名称は感染性胃腸炎で、ウイルスや細菌の感染が主な原因です。感染性胃腸炎は、ヒトからヒトへ、または環境からヒトへと広がります。
主な原因ウイルス・細菌
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ノロウイルス
胃腸炎の原因として最も多いのがノロウイルスです。非常に強い感染力を持ち、少量のウイルスでも人に感染します。主に冬に流行し、牡蠣などの二枚貝の生食が原因となることもあります。感染すると突然の嘔吐や下痢、腹痛が現れます。
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カンピロバクター
鶏肉の加熱不足や調理中の交差汚染などで感染しやすい細菌です。潜伏期間が1〜7日とやや長く、発熱や激しい腹痛、水様便を伴うことが特徴です。
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サルモネラ菌
生卵や加熱が不十分な肉類、汚染された調理器具などが原因となります。腹痛、下痢、発熱、吐き気などの症状が見られます。
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ウェルシュ菌
大量調理されたカレーや煮物など、加熱後に長時間常温放置された食品で繁殖します。芽胞という耐熱性のある形で生き残るため、再加熱しても死滅しにくいのが特徴です。腹痛や下痢を引き起こしますが、嘔吐は少ない傾向があります。
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黄色ブドウ球菌
調理する人の手や傷口から食品に菌が入り、毒素を産生します。この毒素は加熱しても分解されないため、食後1~6時間で激しい嘔吐や腹痛が起こります。加熱調理していても安心できないタイプです。
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病原性大腸菌(O157など)
肉や野菜などの食品から感染し、強い腹痛、下痢、血便を引き起こします。特に腸管出血性大腸菌は、重症化して腎機能に障害を及ぼす「溶血性尿毒症症候群(HUS)」を起こす可能性があり、注意が必要です。
感染経路
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経口感染
ウイルスや細菌が口から体内に入り込むことで感染します。
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接触感染
感染者の便や吐しゃ物に触れた手を介して、口にウイルスが入るケース。
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飛沫感染
嘔吐時に飛び散ったウイルスを吸い込むことでも感染します。
日常生活の中でも感染する可能性があるため、手洗いや食事の衛生管理が大切です。
自宅でできる対処法と注意点
胃腸風邪は多くの場合、数日で自然に回復しますが、自宅での適切な対処が重要です。無理をせず、症状に応じた対応を心がけましょう。
自宅でできる対処法
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安静にする
無理に活動せず、十分な睡眠と休息をとりましょう。体力を温存することが回復への近道です。
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水分補給をこまめに
嘔吐や下痢で失われた水分や電解質を補うために、経口補水液(OS-1など)やスポーツドリンクを少量ずつ摂取します。冷たい飲み物は胃腸を刺激することがあるため、常温が望ましいです。
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無理に食べない
吐き気や腹痛があるうちは無理に食べず、症状が落ち着いてから消化に良い食事を少量ずつ摂るようにしましょう。
注意点
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脱水症状に注意
尿の回数が極端に少ない、口の中が乾く、ぐったりしている場合は脱水が疑われます。水分摂取ができない場合は早めに医療機関を受診しましょう。
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市販薬の安易な使用は避ける
下痢止めなどは症状を長引かせることもあります。自己判断での服用は避けましょう。
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嘔吐物や便の処理は慎重に
感染拡大を防ぐため、使い捨て手袋やマスクを使用し、処理後は必ず手洗い・消毒を行いましょう。
胃腸風邪の時におすすめの食事・避けるべき食べ物
胃腸風邪の際は、消化器に負担をかけず、少しずつ栄養と水分を補うことが大切です。症状の回復に合わせて、適切な食事を選びましょう。
おすすめの食事
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おかゆ・重湯
やわらかく消化しやすいおかゆは、体に負担をかけずにエネルギーを補えます。
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うどん(薄味)
塩分と炭水化物をバランスよく摂れるため、回復期に適しています。
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野菜スープ・にんじんポタージュ
野菜のうまみを活かしたスープは、胃腸への刺激が少なく、水分補給にも役立ちます。
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リンゴのすりおろし・バナナ
ビタミンと糖分を摂取でき、食物繊維が腸を整えます。
避けるべき食べ物
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脂っこいもの(揚げ物など)
胃腸に負担をかけ、吐き気や下痢を悪化させる可能性があります
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刺激物(唐辛子、カフェインなど)
胃の粘膜を刺激し、症状が長引く原因になります
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乳製品(牛乳、ヨーグルト)
一時的に乳糖不耐になっている場合、下痢を悪化させることがあります
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食物繊維が多いもの(ごぼう、きのこ等)
消化に時間がかかり、腹痛を助長する場合があります
食欲が出てきたら、消化に良いものから少しずつ戻すのが基本です。
受診の目安と何科を受診すべきか
胃腸風邪は多くの場合、自宅での対処で改善しますが、症状が重い場合や長引くときには医療機関の受診が必要です。以下のような症状がある場合は、早めの受診をおすすめします。
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水分が摂れない、嘔吐が続く
口から水分を受け付けず、吐き気や嘔吐が何度も続く場合は脱水のリスクが高まります。
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高熱が続く(38.5℃以上)
発熱が長引く場合、胃腸風邪以外の感染症の可能性も考えられます。
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血便が出る、激しい腹痛がある
細菌性の胃腸炎や他の消化器疾患の可能性があるため、早急な検査が必要です。
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症状が3日以上続く
通常のウイルス性胃腸炎は数日で改善します。長引く場合は受診を検討しましょう。
受診すべき診療科
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消化器内科
胃腸の症状に詳しい消化器内科がおすすめです。一般的な内科でも診察・検査・薬の処方が可能です。
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小児科
お子さんの場合は、小児科を受診してください。脱水や感染拡大を防ぐためにも、早めの相談が大切です。
胃腸風邪はうつる?家族内感染を防ぐためにできること
胃腸風邪は非常に感染力が強く、特にノロウイルスなどは家庭内であっという間に広がることがあります。
感染経路を正しく理解し、家族内感染を防ぐ工夫が重要です。
感染を防ぐためにできる対策
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手洗いを徹底する
外出後やトイレの後、食事前には石けんと流水で30秒以上の手洗いを。アルコール消毒だけではノロウイルスは除去できないため、物理的な洗浄が効果的です。
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嘔吐物や便の適切な処理
手袋とマスクを着用し、ペーパータオルなどで静かに拭き取り、次亜塩素酸ナトリウム(家庭用漂白剤を薄めたもの)でしっかり消毒します。
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タオル・食器を共用しない
ウイルスが付着する可能性があるため、患者専用のタオルや食器を使い、使用後は熱湯で消毒すると安心です。
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換気をこまめに行う
空気中にウイルスが漂うことを防ぐため、部屋の換気を頻繁に行いましょう。
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家庭内でもマスク着用を
看病する人や同居家族もマスクを着けることで、飛沫感染のリスクを減らせます。
特に子どもや高齢者など、重症化しやすい人がいる家庭では、対策を徹底しましょう。
まとめ
胃腸風邪は、突然の嘔吐や下痢、発熱などで体力を消耗しやすい感染症です。多くはウイルス性で、正しく対処すれば数日で回復しますが、脱水や重症化を防ぐためには早めの対応が欠かせません。
普段からの手洗いや衛生管理が、感染予防の基本となります。また、家庭内に患者が出た場合は、ほかの家族へ感染しないよう注意が必要です。
市販薬に頼る前に、まずは安静と水分補給を中心としたケアを行い、症状が長引く場合や重い症状がある場合は、迷わず医療機関を受診しましょう。
日頃からの予防と、正しい知識をもって冷静に対応することが、胃腸風邪から身を守る一番の対策です。
よくある質問
通常の風邪(上気道感染症)は咳、鼻水、のどの痛みなど呼吸器症状が中心ですが、胃腸風邪(感染性胃腸炎)は吐き気、下痢、腹痛など消化器症状が主体です。原因となるウイルスや細菌も異なります。
胃腸風邪の多くはウイルスが原因のため、抗生物質は効果がありません。細菌性の場合は医師の判断で処方されることもありますが、自己判断での服用は避けましょう。
原因によっては下痢を無理に止めると、ウイルスや毒素が体内にとどまり症状が悪化することがあります。市販薬を使用する前に、医師や薬剤師に相談するのが安全です。
一部の原因菌を除いて、法律で出勤停止日数が定められているわけではありません。学校や会社などで個別の規定がある場合がありますので、責任者に確認するようにしましょう。
嘔吐や下痢が落ち着いたら、消化の良い食べ物(おかゆ、うどん、野菜スープなど)を少量ずつ摂り始めましょう。無理に食べる必要はありません。